エルンスト・ヴァーリス
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1902〜10年 青色の染付でウィーン窯を模した盾の窯印
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コーヒー・カップ:H=66mm、D=80mm/ソーサー:D=151mm
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ハプスブルク家の出資で経営されていた帝立あるいは王立のウィーン窯は、1864年に廃窯された。窯保有の古文書類はウィーン博物館に寄贈され、磁器作品の原型(モールド)はオークションにかけられ、ウィーン・ノイシュタットのアーザンウエア工場主ヨーゼフ・デ・センテに六百点、残りはハンガリー・ヘレンド村の磁器工場主モーリツ・フィッシャーに払い下げられた。 ヨーゼフ・デ・センテは、購入した旧ウィーン窯の原型を使用して磁器製品を作ることは全くなく、これらを三十数年間死蔵した挙げ句、1902年にボヘミアのエルンスト・ヴァーリス社へそっくり売り渡してしまった(「ノイエ・フライエ・プレッセ 1902年」による)。 エルンスト・ヴァーリスはボヘミアの磁器商人で、1880年代後半までにロンドン、パリ、ウィーンに小売店舗を構え、事業は繁栄していた。1895年には、ボヘミアの温泉保養地テプリッツ近郊の町ターンで1859年以来操業していた、アルフレート・ステルマッハー窯を買収することにより、1897年以降はターン製磁器をエルンスト・ヴァーリス名義で販売し、磁器窯業界に参入した(「アンティーク・カップ&ソウサー」p.95参照)。 1900年にエルンストは没し、会社はハンスとエーリヒという二人の息子達に引き継がれた。この兄弟の経営体制下で目を付けたのが、ウィーン・ノイシュタット窯旧蔵のモールドを利用した、真正ウィーン磁器の完全コピー品の製造・販売である。これらは窯の所在地から名を取って「ターン・ヴィエナ」とも呼ばれる(ヴィエナ=ウィーンのこと)。 ハンスとエーリヒは、1902年にヨーゼフ・デ・センテから買い取った六百点の真正ウィーン窯製原型を用いて、旧ウィーン窯のオリジナル作品とほとんど変わらない、優れた絵付けを施したイミテイションを作った。1905年にはアレクサンドラ・ポーセリン・ワークスという新しい会社を設立し、翌1906年から同社の名義による小売販売を開始した(「ヨーロッパ アンティーク・カップ銘鑑」p.186上 参照)。 エルンスト・ヴァーリス社では旧ウィーン窯の完全コピー品のほか、フッチェンロイター社やピルケンハンマー社からウィーン窯の偽造窯印入りの贋作用白磁を購入し、上絵付けを行ったりもしている。これらの偽装磁器には神話図や恋人図、美女絵などが描かれ、しばしばヴァーグナーやシュタートラー、メルツァー、クンツ、シュッツといった絵付け師のサインが書き込まれている。しかし上記の人々は全員、旧ウィーン窯の正式な絵付け師ではない。 エルンスト・ヴァーリス社が製作した旧ウィーン窯の贋作(完全コピー品)は、本物以上に本物らしい出来映えで、絵付けと金彩技法からだけでは真正品とほとんど区別できない。ただし原型を用いて型抜き成形した白磁をボヘミアで新たに焼成しているため、磁胎と釉薬の色や質感が真正ウィーン窯製品とは異なる。したがって白磁の相違での真贋判別が可能である。 一方ヴァーグナーのサインが記入された美女絵の皿などは、完全コピー品に比べれば、金彩が拙劣な仕上がりであるという感は否めない。もちろん白磁の質感も異なる。つまりこれらは真贋判別が容易な部類に入る。 エルンスト・ヴァーリス社は1910年頃に磁器製造から撤退し、1914年に勃発した第一次世界大戦の影響により、ロンドンやパリにおける小売事業も廃絶した。 ハート型のハイ・ハンドルを伴う本品は、1822年にウィーン窯の造型師ヨーゼフ・ラメスベルガーが製作した本物の原型を用いて、1910年までにエルンスト・ヴァーリス社が白磁を焼成し、上絵付け、金彩を仕上げた、旧ウィーン窯の完全コピー品である。この原型は1864年にウィーン窯が閉窯した後、ウィーン・ノイシュタットのヨーゼフ・デ・センテに引き取られ、1902年にエルンスト・ヴァーリスに転売されたモールド群のうちの一つで、当然のことながら真正ウィーン磁器にも全く同一形状のカップ&ソーサーが存在する。 金彩の塗り潰しの中に多種の花のボーダー・バンドを施すのは、19世紀前半に流行したビーダーマイヤー様式の典型的デザインで(「アンティーク・カップ&ソウサー」p.78参照)、本品では「ウィーン窯よりウィーン窯らしい」と評されたエルンスト・ヴァーリス社の面目躍如たる色絵の充実ぶりを見ることができる。 カップに八種類、ソーサーに十二種類描き入れられた、上質の油彩画のような花の存在感と、陰影豊かで濃厚な風情を宿した描法は、廃窯から四十年を経た旧ウィーン窯の芸術を彷彿とさせる。 また金彩に用いられた様式の面では、ソーサーに塗り残しの白抜きで白線が施されていたり、カップの磨き金の中にマット状のロゼット文様が並んでいたりするのも、全て旧ウィーン窯のパターン帳に記載されている原案の通りに仕上がっている。さらに花絵の周囲を塗り潰しているマット金と、そのボーダーの上下を挟むマット金の線とでは、金の色合いを違えて凝った意匠になっている。 ウィーン窯の真贋判別については、「ヨーロッパ アンティーク・カップ銘鑑」p.189 ならびに「アンティーク・カップ&ソウサー」p.220 に解説があるので、ご参照いただきたい。 (本品は20世紀の作品ですが、第一展示室に掲出しました。) |