テオドール・アヴィランド
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1920〜35年 商標登録されたテオドール・アヴィランド社の焼成印と加飾印
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コーヒー・カップ:H=72mm、D=68mm/ソーサー:D=120mm
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アヴィランド社は、1829年生まれのアメリカの磁器輸入商人デイヴィッド・アヴィランドが、1842年にリモージュに移住し、その地に創設した磁器絵付け工房に始まる。リモージュ製硬質白磁への色絵付けは1847年頃から開始されたが、磁器焼成用の窯を建設したのは1864年とされ、翌1865年より自社製硬質磁器を販売し始めた。長男シャルル・エドゥアールは父のもとで経営に参画して工場の規模を拡大し、1889年の万国博覧会で金賞を獲得すると、会社を絶頂に導いた。しかし有頂天になったシャルル・エドゥアールの傲慢な性格に辟易した次男テオドールは、兄と事ある毎に諍いを起こし、1892年、兄弟の対立は遂に決裂して、テオドールはシャルル・エドゥアールと袂を分かち、独自の磁器工場をリモージュに建設した。これを「テオドール・アヴィランド社」といい、アヴィランド社とは全く別の企業である。 1913年以降は、テオドールの息子ウィリアムが窯に参入した。このウィリアムの創意発案で始まったのが、当時流行のデザイナーに委嘱して、製品デザインを提供させるというものであった。この依頼を受けてテオドール・アヴィランド社のためにデザインしたアーティストの一人に、エドゥアール・マルセル・サンドがいた。 サンドは1881年生まれのフランス系スイス人で、動物彫刻を最も得意としていた。彼はテオドール・アヴィランド社に動物をモティーフとしたテーブルウエア、すなわち鷹やオウムの水差し、猫やキツネのボンボニエール、蛙やウサギのソルト&ペッパーセット、そのほか猿や鴨などといった動物の形をした、様々な食器類のデザインを提供した。中でも有名なのが「アヒルのテタテート(テト・ア・テト=ティー・フォー・トゥー)」である。 これは全体でアヒルの形状をとるポット、ミルク入れ、砂糖入れと、波の文様がデザインされたカップ(ポットの容量が小さいので、カップは二客セットが通例)、セット全部が載せられるトレイという構成になっている。 色は青と黄色で塗り分けたものを基本とし、稀に赤紫と黄色、緑と赤紫などのバリエーションも製作された。 アヒルのティーセットは、冷静に是々非々で判断すると、決して優れた食器とはいえない。悪い物ではないのだが、やはりポットなどは使いづらいし、絵付けも粗雑でムラがあり、色数も少なく金彩もないから、安価に出来ている。多くの人にその意味と価値が伝わる可能性は低い。サンドの名前を知らなければ、子供用のトイ・ウエアと見做されてしまうようなデザインをしている。実際にサンドの知名度は低く、当時からおもちゃ的食器として粗末に扱われることが多かったため、割れたり欠けたり、蓋であるアヒルの首が無くなってしまっている作品が多く残っている。 サンドは本来彫刻家であり、その作品は量産されていない。サンドのデザインで唯一のマス・プロダクションものが、テオドール・アヴィランド社製のテーブルウエア類である。サンドは、テオドール・アヴィランド社が作った焼き物に関して、十分に満足していたとみえ、その後は自分からも様々なデザインの企画を同社に持ち込んだ。テオドール・アヴィランド社でもサンドからの依頼に応えたため、サンドのデザイン&テオドール・アヴィランド社製作の動物モティーフの磁器食器類は、五十種類以上が残されることとなった。サンドの彫刻家としての本質を垣間見たければ、わが国では東京都庭園美術館に「座る豹」なるブロンズ作品が設置されている。 ところで、現在のアヴィランド社の本体は「テオドール・アヴィランド社」である。1921年にシャルル・エドゥアールが亡くなると、本家アヴィランド社の経営は長男ジョルジュに委ねられた。十年の後、経営悪化を支えきれなくなり、アヴィランド社は倒産した。ジョルジュは債権者のために窯の資産のほとんどを売却した。この時、製磁関連の特許権や意匠権はもちろん、彼は「アヴィランド」の商標権までをも売却した。工場や用地を手放し、名前もなくなった本家アヴィランド社は、その後遂に再興されることはなかった。従ってデイヴィッド・アヴィランドが最初に作った会社は、1931年をもってその歴史に終止符を打ったことになる。 それから更に十年後の1941年、テオドール・アヴィランド社のウィリアム・アヴィランドが、祖父と叔父の本家アヴィランド社が手放していた商標権を買い取り、「アヴィランド」と名乗るようになった。米国で出版されたリモージュ専門の研究書を調べてみると、現代の百貨店で販売されている今日製のアヴィランド社の窯印は、テオドール・アヴィランド社の項目に掲載されている。現在あるアヴィランド社は1970年代以降数度の買収を経ているが、その創立は1892年(テオドール・アヴィランド社)とするのが妥当である。 本品はアヒルのコーヒー・セットの一部であるコーヒー・カップ&ソーサーで、カップは動物の造形をとらず、波文様が黒で手塗りされている。この波形の部分はモールド(原型)からエンボスに造形されており、このデザイン専用のものであったことがわかる。 白磁はややクリーム色がかった硬質磁器でできている。 |
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