ロイヤル・ウースター
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1884年 商標登録された通常のロイヤル・ウースター社の窯印
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コーヒー・カップ:H=63mm、D=58mm/ソーサー:D=122、95mm
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「パリアン」もしくは「カッラーラ」と呼ばれる磁器素材は、1840年代にコープランド社が開発した。 この素材は長石約70%を含む新しい材土配合で作られ、1100度程度の中温で焼かれる。非常に粘りがあって微細な造型表現に向くため、磁器彫像用の材料というのが本来の用途である。色は薄いクリーム色がかった白色で、ふるいにかけて特別に精製した微細粘土を表面に撫で付け、釉薬を用いず素焼き(ビスケット焼成)で仕上げる。したがって磁表の質感を古代ギリシア・ローマの大理石彫刻になぞらえ、「パリアン」あるいは「カッラーラ」と称している。 「パリアン」というのは、「パロス島の」という形容詞の名詞用法で、ギリシア彫刻に用いられた大理石の多くはパロス島産であったことに由来する。 同じく「カッラーラ」という呼称は、イタリアのトスカーナ州カッラーラを指し、同地は古代ローマ時代から今日まで、大理石の大産地として名高く、ローマ彫刻の多くにカッラーラ産の大理石が用いられていることに由来する。 しかし、この磁器素材を古代の大理石彫刻になぞらえた「パリアン」「カッラーラ」という名称を好んだのはミントン社(「パリアン」と命名)とウェッジウッド社(「カッラーラ」と命名)で、開発元であるコープランド社ではこの呼び方はほとんど用いられず、「スタチュアリー・ポーセリン(彫像用磁器)」と長く呼び習わされていた。現代ではコープランド社製の「スタチュアリー・ポーセリン」も、便宜上「パリアン」と呼ぶ。 パリアン・カッラーラ磁胎の正確な開発年は不明である。1851年に開催されたロンドン大万博(水晶宮博)のカタログ・ガイド集に「コープランド社のトーマス・バッタムが1842年にこれを発明した」との記述がある。また1845年発行の「アート・ユニオン誌」には、コープランド社が実用化した新しい彫像用磁器素材の記事があるので、前年の1844年にはパリアン磁器彫刻(スタチュアリー・ポーセリン)が市場に出回っていたことがわかる。さらに、ハーバート・ミントンの書簡の中に「パリアンはおそらく、コープランド氏が最初に発明したもの」との記述がある。 もっとも、コープランド社でパリアン磁器が発展したのは、サンプソン&ハンコック社(オールド・クラウン・ダービー)でビスケット焼きの花瓶類を製作していたジョン・マウントフォードを招聘して後のことであった。マウントフォードは閉窯した旧ダービー窯で作られていたビスケット焼き白磁製人形のコピー品や、無釉白磁製花瓶類の優れたイミテーションを、コープランド社のために製造した。 その間にパリアン磁器は、ミントン、ウェッジウッド、ウースター系各工場で優れた高級品が作られ、瞬く間にアイルランド、スコットランドを含めた全英に製法が伝わった。この素材で磁器を製造したメーカーは 五十年間で130社以上にのぼる。このうち質の高いパリアン、カッラーラを製造できたのは、コールポート、ミントン、コープランド、ウースター、オールコック、ウェッジウッド、J&M.P.ベル、ベリークなど少数の大企業だけであり、大半の中小・個人経営の窯では、造形が粗雑で垢抜けない雑器を量産した。ジェフリー・ゴッデンは、この濫造を評価して「優れたパリアンは非常に、非常に良いが、劣ったパリアンは非常に、非常に悪い」という警句を発している。 本品は、ロイヤル・ウースター社がパリアン磁器を用いて製造したカップ&ソーサーで、可塑性に富む素材の特徴を生かして複雑な凹凸の造形になっている。カップとソーサーにはそれぞれ二か所ずつ、レリーフで立体的に仕上げられた植物が枠の中に造形され、枠外の余白部分には日本の染織工芸品を模した梅花文が、灰色のプリントで施されている。梅の花文様が印版であることにより、ジャポニスム工芸の雰囲気を一層意識させる結果となっている。 本品と同じデザインで花違いの作品が「ヨーロッパ アンティークカップ銘鑑」p.41上に掲載してある。書籍掲載品と本品の花とを合わせると、合計八種類の図柄を見ることができるので、ご参照いただきたい。 |
ロイヤル・ウースター
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1862〜66年 陰刻で王冠とロイヤル・ウースター社の商標による窯印
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ティー・カップ:H=71mm、D=82mm/ソーサー:D=139mm
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優美な造形のエンツウィンド(エンツウィステッド)・ハンドルを持つペディスタル付きのティー・カップで、この形状はカー&ビンズ・ウースター期(1852〜62年)にデザインされ、ロイヤル・ウースター期(1862年〜)にかけて製作されている(「ヨーロッパ アンティーク・カップ銘鑑」P.93上に、同一形状でカー&ビンズ・ウースター社製の作品を掲載)。 ドットと三葉文を交互に繋げたフランス風の金彩ボーダー・バンドは、18世紀以来イギリスの磁器装飾に頻繁に見られるデザインで(→「染付に金彩の作品」のページ参照)、水彩画風の柔らかい筆致で描かれた薔薇の連花も、19世紀初頭にロンドンの絵付け工房などが製作していたフランス由来のデザインを模したものである。全体に造形、絵柄ともに復古調の作品と言うことができる。 |
ロイヤル・ウースター
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1880年 商標登録された通常のロイヤル・ウースターの窯印
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コーヒー・カップ:H=55mm、D=56mm/ソーサー:D=112mm
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本品は、19世紀後半のヨーロッパで流行した、日本由来の文様をあしらった装飾工芸品ブームの強い影響下で製作されている。ここで用いられているのは「割れ氷に梅花」という日本の伝統柄で、一般に「氷割れ梅(ひわれうめ)」として親しまれている文様である。季節としては冬の終わりから春先にかけての期間を表現する図柄である。 この作品では、マット(艶消し)に仕上げた焦げ茶色の地の上に、金彩のプリントで氷の割れ目を施し、グラデーションを付けた梅の花や蕾を、ピンク色のエナメルで手描きしている。 このカップ&ソーサーは、アメリカ・フィラデルフィアの宝石商カルドウェルからの注文によって、ロイヤル・ウースター社が製造・卸を請け負った作品である。 |
ロイヤル・ウースター
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1883年 商標登録された通常のロイヤル・ウースターの窯印
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ティー・カップ:H=52mm、D=84mm/ソーサー:D=141mm
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絵柄は1810〜20年代にロンドンで流行したフランス風のデザインで、金彩文様、花綱、水色のエナメル地(セーヴル窯の「ブリュ・セレスト」地を模倣)など、18世紀末、ルイ十六世時代のフランスに由来するデザインになっている。カップにはマット金と磨き金を対比させた装飾のハンドルに、リボンが十字交差で巻かれる意匠になっているが、これも元はフランス起源のハンドルのデザインを模したものである。交差して下側に入るリボンには皺が描き込まれており、丁寧な仕上げになっている。 ソーサーの高台には金彩が施されており、これは本品が高級品として製作されたことを示している。 カラフルなエキゾティック・バードを描いたのは、トーマス・ジョン・ボット(1859〜1932)である。トーマス・ジョン・ボットは、ロイヤル・ウースターにリモージュ風エナメル画の技法をもたらしたトーマス・ボットの息子で、1873〜85年(86年説も)の間、ロイヤル・ウースターに在籍した。父と同様にリモージュ風エナメル画を描いたが、本品に見られるような通常のカラーエナメルの作品も残している。 1886年以降はフリーの絵付け師となり、ブラウン-ウエストヘッド、ムーア& Co.を経て、1889年からコールポートのアート・ディレクター(芸術監督)となった。コールポートでは万博出典品の指導を行うなど、極めて重要な地位を占め、また自身も精巧で上品な人物画などの優れた作品を残した。以後は窯を移らず、コールポートで過ごしている。 |