ダービー、ロバート・ブルーア期
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1835〜40年 朱色のエナメルで王冠と交差するバトン、左右に三つずつの点、Dの窯印
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風景画:ダニエル・ルーカス
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コーヒー・キャン:H=64mm、D=66mm/ソーサー:D=131mm |
ダニエル・ルーカスは、1820年頃にダヴェンポート窯から招かれた風景画専門の上絵付け師で、ダービー窯では風景画部門における筆頭絵付け師を務めた。 1848年にダービー窯が廃窯になると、三男で末子のダニエルJr.とともにダービーの地を離れ、父ダニエルはバーミンガムに居を定めて1867年に没するまで同地で暮らし、漆器の絵付けを生業とした。息子のダニエルは父と同様に風景画専門の上絵付け師になり、ダービー窯辞去の後はコールポート窯とコープランド社に雇われた。ダニエル・ルーカスの長男ジョンはダービー窯で修業の後、同窯を離れてロッキンガム・ワークスの絵付け師となったが、1833年に早世した。次男のウィリアムは金彩師となり、ダービー窯で働いた後ミントン窯に雇われたが、長子と同様に若くして亡くなっている。 本品はロバート・ブルーア時代末期のダービー窯で製作されたコーヒー・キャン&ソーサーで、風景画はダニエル・ルーカス(父)の手になるものと考えられる。梢の朦朧とした描き方や、画面の大部分が緑と茶の二色で構成されていることなど、ダニエル・ルーカスらしい渋く落ち着いた雰囲気を湛えている。ソーサーの風景画の右端には、逆光で暗がりとなる建物の一部が切り取られて枠にかかって描かれており、このような手法は独特のものである。 風景画の周囲には、紺色地に金彩でアラベスク文様が描かれている。 ハンドルはサムレストとインナースパーがデザインされたフランス風の意匠で、1835年頃のダービー窯製品に作例が残されている。 |
ダービー、ロバート・ブルーア期
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1810〜15年 朱色のエナメルで王冠と交差するバトン、左右に三つずつの点、Dの窯印
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風景画:ジョン・ブリュワー
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ティー・カップ:H=57mm、D=90mm/ソーサー:D=140mm |
ジョン・ブリュワー(1764〜1816)は、シュロップシャー州メードレイに生まれたとされる風景画の上絵付師で、前掲作の画家ロバート・ブリュワーの兄である。 兄弟の両親は、後にイギリス磁器最大級の鳥絵師となったジョン・ランドールの叔父にあたるトーマス・マーティン・ランドールが出身地で経営していたメードレイ工場で働いた後、ロンドンに進出した。ブリュワー一家は1768〜78年にロンドンのデューク・ストリートで、1779〜86年の間にはマーサーズ・ストリートで絵付け工房を経営していたが、ジョン・ブリュワーは若くして絵付け職人としてのキャリアを始めており、両親と共に同地で働いていたようである。 1782年大晦日の日付で、当時十八歳になるジョン・ブリュワーに対する賃金支払いの記録が、ダービー窯に残されている。若くして絵付け師として高給を得ていたブリュワーの実力を買ったダービー窯の経営者であるウィリアム・デュズベリ二世が、ジョン・ブリュワーに比較的自由な立場での契約を許していたために、彼がロンドンで両親の手伝いもしながらダービー窯における製作を行えたのではないかと考えられる。 ジョン・ブリュワーは水彩画において傑出した手腕を示し、彼の水彩作品は展覧会で入選展示もされるほどであったが、磁器絵付けにはそのテクニックは活かさず、別の画風をもって臨んだとされる。現在大英博物館が所蔵するダービー窯のパターン・ブックの中に、ジョン・ブリュワーが描いたパターン原案が残されている。その中には、自然風景46面、植物・花24面、鳥10面、船舶風景7面、人物2面の図案があり、さらに薔薇をモティーフとするボーダー飾りが20種類も含まれている。またダービー窯の碩学ジョン・トゥイチェットは、「個人的な見解」としつつも、ジョン・ブリュワー画の戦闘風景図を指定している。 本品は風景画の部分をジョン・ブリュワーが描いたと考えられる作品で、ティー・カップの画題は「ウェールズにて」、ソーサーの画題は「ダービーシャー州アッシュボーン近郊」となっている。カップには遠景に山を望む、奥行きのある広大な風景が描かれ、中景に館、前景にはそれを眺める人物が描かれている。ソーサーには崖と川、繁茂する巨木の木陰に憩う人物が描かれ、カップ以上にピクチャレスク風景を印象付けるが、ダービーシャー州の地勢では画中に見られるような崖が実際に存在するため、この素晴らしく絵画的な風景は実景を描いたものと思われる。 白磁の部分には、ダービー窯で「アラベスク」と総称される文様のバリエーションが描かれている。 ハンドルは、ダービー窯で「ウィッシュボーン・ハンドル」と呼ばれている形状で、もとはマイセン窯の「ドレスデン・ハンドル(Jシェイプ・ハンドル)」を模したデザインである。 |
ダービー、ロバート・ブルーア期
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1810〜15年 朱色のエナメルで王冠と交差するバトン、左右に三つずつの点、Dの窯印
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風景画:ロバート・ブリュワー
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コーヒー・キャン:H=62mm、D=67mm/ソーサー:D=140mm |
ロバート・ブリュワー(1775〜1857)は、シュロップシャー州メードレイに生まれたとされる風景画の上絵付師である。 彼の両親はロンドンのルパート・ストリートで1762〜67年にかけて絵付け工房を経営し、1768〜78年にはデューク・ストリートに移転、この時期にロバートが生まれている。1779〜86年の間は両親の工房はマーサーズ・ストリートに移転したが、ロバート・ブリュワーは旧地デューク・ストリートをロンドンにおける本拠としていたらしい。 ロバートは初めカーフレイ窯で修行時代を送り、やがてウースター窯に雇われた。そして1797年頃に、実兄であるジョン・ブリュワーが絵付け師として既に雇われていたダービー窯に参入した。 本品は風景画の部分をロバート・ブリュワーが描いた作品で、コーヒー・キャンには「ドイツにて」と題された風景が描かれている。川の手前の岸辺に人物が一人、遠景には塔を備えた建物が描かれている。ソーサーの風景画は「カンバーランドにて」と題され、道の左手には驢馬に乗る人物、画面左手の丘には建物が描かれている。キャン、ソーサーともに、洗練された精緻な絵付けを得意としたロバート・ブリュワーならではの画風を見ることができる。 金彩で描かれた文様は、ダービー窯で「アラベスク」と総称される一般的な植物図案のうちの一つである。 ハンドルはマイセン窯の「ドレスデン・ハンドル(Jシェイプ・ハンドル)」を模したデザインで、ダービー窯ではこれを「ウィッシュボーン・ハンドル」と呼んでいる。 |