スポード
1805〜10年
ティー・カップ:H=58mm、D=81mm/ソーサー:D=138mm
 本品のカップ上部とソーサー縁の立ち上がり部分には、曲線を交互に組み合わせた幾何学的なボーダー・バンドが金彩で描かれ、カップ下部とソーサー中央部には、二種類のフェストゥーンが交差するデザインと三葉文が描かれている。ボーダー・バンドの図形の隙間には、赤茶色で細かいドットが並べられ、フェストゥーンの周囲には同じ赤茶色で凹フリルが巡らされている。色は赤茶一色のみだが、金彩を贅沢に施し、剛柔二種類の図柄を切り替えて目を楽しませてくれる作品である。
 現代のメーカーでロイヤル・チェルシーという会社が本品の図柄を忠実にコピーしたカップ&ソーサーを製造しており、幾何学的図線文様の部分がゴシック様式のデザインに似るところから、「カテドラル」という商品名で販売している。
 






スポード
1812〜15年 朱色のエナメルで Spode の窯印
ティー・カップ:H=60mm、D=89mm/ソーサー:D=137mm
 ロンドン・シェイプはスポード社で1812年頃にデザインされ、以後約十年間にわたってイギリス中で流行した形状である。ちょうど同じ1812年頃に、チェンバレンズ・ウースター社でも同様のシェイプがデザインされ(「ヨーロッパ アンティーク・カップ銘鑑」 p.125下参照)、こちらは同社のパターン帳に「グレシアン・シェイプ」と記載されていることから、現在この形状に対しては「ロンドン」と「グレシアン」の二通りの呼び名が使用されている。
 このシェイプのティー・ウエアを製造したメーカーは極めて多岐に及び、夥しい作例が残されているため、1815〜25年の英国製品を代表する形状だと言うことができる。ただしロンドン・シェイプの基本に比較的忠実な造形が流行したのは、「摂政時代」に相当する1820年頃までの七〜八年間であり、これらを「前期ロンドン・シェイプ」と呼ぶ。これに対してジョージ四世即位後の1820年以降では、本体がラッパ状に開いた「ロンドン・フレア・シェイプ」や、釣鐘型の「ロンドン・ベル・シェイプ」などの作例が増え、また立体的なエンボス(レリーフ)装飾が施されたデザインも現れた。ハンドルも上部に羽飾りの造形が付加されたり、「カールド・ハンドル」(このページに掲載中)を取り付けたりするなどの変化が見られるようになるので、これらを「後期ロンドン・シェイプ群」と呼ぶ(「群」が必要)。
 本品は「前期ロンドン・シェイプ」による基本形の作品で、軽くて白いボーン・チャイナが用いられている。絵柄は三通りの異なる植物デザインを繋いだ「パリ・ボーダー」で、紫色で四葉のクローバー型、ミント・ブルーでアイビー風の三つ葉、青で花柄が描かれている。
 






スポード
1820〜25年
ティー・カップ:H=58mm、D=95mm/ソーサー:D=144mm
 18世紀のイギリスでは、盛金(レイズド・ゴールド)装飾を施した磁器製ティーウエアはほとんど製造されず、19世紀初頭の盛金装飾が一般的には最も古い作例と考えられる。スポード窯は高度な金彩技術で知られる名高い職人が関係を持っており、19世紀に入ってボーンチャイナが本格的に導入されると間もなく、贅沢な盛金を施した豪華な食器類が製造された。同窯では1802年にヘンリー・ダニエルが盛金の技法を開発したのが最も早い記録である。しかも当時のスポード窯では、19世紀後半〜20世紀にかけてのコウルドン社やミントン社などの金彩技術と全く変わらない、優れた加飾水準が達成されていた。
 本品は1812〜25年に流行したロンドン・シェイプと、1815〜25年に流行したエトラスカン・シェイプから派生したカップで「ベル・シェイプ」と呼ばれる。パターン・ナンバーが「3983」で、このシェイプの製造時と同じ1820〜25年頃にデザインされた図柄であることがわかる。ここに見る盛金は、後年ミントン社が多用した、エナメルを盛り上げて台を作り、その上に金を塗っただけの、いわば「上げ底」的金彩とは違い、芯まで全て金を用いて仕上げられている。パルメット文をアレンジしたスペード型の図柄には二重に盛り上げられた金のボタン(鋲)と、高蒔絵のように細かく描かれた菊花文がある。スクロールは全体に羽文様の盛金で描かれ、その他、唐草文やロゼット文などの要所にもドットの金盛りがある。スクロール付きパルメット文の間に配置された図柄は、チューリップ文の一種である。
 このカップ&ソーサーは、素晴らしい金彩技術が1820年代のイギリスで既に完成していたことを物語る、有意義な作例である。
 





スポード
1820〜25年 紫のエナメルで Spode の窯印
コーヒー・カップ:H=65mm、D=72mm/ソーサー:D=133mm
 本品はロンドン・シェイプのカップに、カールド・ハンドルが取り付けられた、一風変わった作品である。カールド・ハンドルは人差し指を中に通して持つことができないため、飲み物が入ったカップをしっかりと保持することが難しい。したがってイギリスでは、この形状のハンドルを採用したメーカーが少なく、発達しなかったハンドル形状である。現代では紅茶やコーヒーに関するテーブル・マナーで、カップのハンドルに指を通すことは下品であり、ハンドルはつまむもの、と教えられることがあるが、これは歴史的にはナンセンスな話である。特に英国製のカップは、人差し指をハンドルに通し、親指を上に引っかけ、中指でハンドルの下を支えて安定させるように、わざわざ設計されている。カールド・ハンドルのように持ちにくい形状のハンドルは、特殊な事例だったのである。
 作例の少ないこのハンドルだが、1830年代のリッジウェイ窯で、多少持ちやすく支えやすい形状に改良されたカールド・ハンドルがデザインされ、これは同社がブラウン−ウエストヘッド&ムーア社を経てコウルドンとなった20世紀前半まで、リッジウェイ(コウルドン)製のカップを代表するハンドル形状として受け継がれていった(「アンティーク・カップ&ソウサー」p.70、p.130参照)。
 1820年代のカールド・ハンドルは、二本の腕が交わる部分がスクロールとなる、細い棒状のもので、スポード、ニューホール、ヒックス&メイ、イエーツなどで製作された。ほとんどの場合、ロンドン・シェイプのカップに取り付けられている。このダブル・アーチのものを「前期カールド・ハンドル」とよぶ。
 1830年代になると、ハンドルを構成する腕の部分は三本からなるデザインになった。このタイプを製造したのはニューホール、リッジウェイ、ヒルディッチである。トリプル・アーチを持つものは「後期カールド・ハンドル」と称する。ただしこの新型カールド・ハンドルも、やはり広く普及することはなかった。
 本品は1820年代に製作されたダブル・アーチの「前期カールド・ハンドル」に属する作品である。優れた透光性を持つボーンチャイナに、滑らかで白い釉薬がかけられており、この時代の他窯の作品に比べると、非常に高品質な仕上がりになっている。
 図柄はフランスに由来する古典的な意匠が用いられ、豪華な金彩で描かれた葉文様と交差するフェストゥーンの間に、濃淡で陰影を付けた紫と朱色の絵柄が描かれている。
 





スポード
1805〜10年
ティー・カップ:H=59mm、D=80mm/ソーサー:D=138mm
 あまり透光性はないものの、白く上等な釉薬を施したボーンチャイナで、スポード社製品の特徴であるキックト・ハンドルが取り付けられている。
 染付の藍地に白抜き・上絵赤・金彩で、パピルス文とパルメット文が交互にあしらわれている。棕櫚箒を逆さにしたように上方に向かって開いている図案が、エジプト由来のパピルス文である。パピルスはエジプト近辺の湿地に自生する植物で、繊維質が強いため、主に紙の原料として利用された。一方、果物を半分に割ったように見える図案が、ギリシア由来のパルメット文である。この文様はハート形のような上下方向で見ないで、スペード形の方向、すなわち上が尖ったスタイルで解釈される。パルメット文は椰子の木をデフォルメして出来上がったデザインで、西洋の装飾工芸では近代になっても多用された(「ヨーロッパ アンティーク・カップ銘鑑」p.46、172参照)。
 本品にはコーヒー・キャンが添っており、トリオのセットになっている。
 





スポード
1800〜10年
コーヒー・キャン:H=64mm、D=64mm/ソーサー:D=138mm
 白く滑らかな高品質の釉薬がかけられたボーンチャイナで、ジョサイア・スポード二世がボーンチャイナを焼き始めて間もない頃の作品である。ハンドルにはスポード社の製品の特徴的であるキックがある。本品は筒形のキャン・シェイプだが、これに伴うティー・カップは樽型のビュート・シェイプであり、そのためソーサーがビュート・タイプになっている。
 ビュート・シェイプにはコーヒー・カップのデザインがないので、トリオのセットではキャン・シェイプのコーヒー・カップが組み合わせられる。一方コーヒー・カップのデザインがあるロンドン・シェイプの場合は、ロンドン・シェイプのティー・カップにキャン・シェイプのコーヒー・カップが組み合わせられることは稀である。
 本品の絵柄は、葉の先から金彩の葉がさらに生えていたり、雄しべ状のものが出ていたりなど、それぞれの図柄の根拠もよくわからない上、モティーフの連関性もなく、ほぼ意味不明のボーダー装飾になっている。このような意匠は典型的な「パリ・ボーダー」であり、パリ窯業群が製作した食器類のボーダー装飾からの影響を受けた作品といえる。
 しかし本品に見られる図柄はリズミカルで強弱がつけられ、描線も繊細でなかなか見どころがある。適当で目茶苦茶なパリ・ボーダーの食器とは一線を画す秀作であり、スポードではこれを色違いや金銀彩(ラスター)などでも製作していて、当時は人気のデザインだったと考えられる。
 同型のコーヒー・キャンと、ビュート・シェイプのティー・カップを組み合わせたトリオの作品が、「ヨーロッパ アンティーク・カップ銘鑑」p.137下に掲載してあるので、ご参照いただきたい。
 





スポード
1820〜25年
ティー・カップ:H=57mm、D=95mm/ソーサー:D=142mm
 ジョサイア・スポード一世の明確な生年は不詳だが、一説によれば1733年3月23日の生まれとされる。生家は極貧で、しかも六歳で父を失い、非常に厳しい経済環境で幼少期を過ごした。その後十六歳でストーク・オン・トレントのトーマス・ウィールドンの陶器工場に入り、すぐに主任造型師(マスター・ポッター)となった。1754年までウィールドンのもとで働き、以降1770年代にかけては陶窯業のビジネス・パートナーの傍ら、独立して他業者の仕事も請け負っていた。実はこの期間、陶業者として成功する1770年代以前のジョサイア一世は、陶工としてよりもむしろ、かなり腕の立つヴァイオリニストとして有名で、プロの音楽家としての仕事が多くあり、演奏活動による収入で生計を立てていた。
 やがて1776年頃、ジョン・ターナーが所有する陶器工場の一つを買ったジョサイア一世は、ロンドンに小売店を出すために必要なロンドン市の市民権を得ようと画策し、1778年に公民権を獲得してロンドン市民となった。そこで翌1779年以降、自らの工場で作った製品をロンドンで販売するようになった。この頃は磁器の製造はなく、銅版転写プリント絵付けを中心とする陶器を焼いていた。
 ジョサイア一世が1797年に没すると、会社は息子のジョサイア二世(1754年生まれ)に引き継がれた。ジョサイア二世は1790年代末〜1800年頃に、雄牛の大腿骨の焼灰粉を三割強配合した新磁器素材を開発し、「ボーンチャイナ」と命名した。
 またジョサイア二世は、磁器工場としては他社に先駆けて工場に蒸気機関動力を導入し、生産システムの近代化を図った。ボーンチャイナの大成功により、スポードは英国最大級の磁器工場となり、国内・海外の取り引きにも恵まれて、一流の企業に名を連ねることになった。
 ジョサイア二世は1827年に亡くなり、会社はその息子であるジョサイア三世(1777年生まれ)の時代となったが、ジョサイア三世は会社を引き継いでわずか二年後に、非業の最期を遂げた。1829年12月19日、陶土を粉砕するための蒸気機関の圧縮装置を新設した後、その動作をチェックしていたジョサイア三世の帽子が歯車に当たり、咄嗟に頭を庇った彼の腕が歯車に巻き込まれてしまった。腕の肉と骨は見るも無残に潰されてしまったので、即切断されたが、薬石の効も虚しくジョサイア三世は、この怪我がもとで新年を待たずに帰らぬ人となった。
 ジョサイア三世の没後、会社は管財人のヒュー・ヘンショール・ウィリアムソンと、トーマス・フェントンが引き受け、1833年にスポード社のセールス部門のトップだったトーマス・ギャレットと、後のロンドン市長ウィリアム・テイラー・コープランドに売却され、コープランド&ギャレットとなった。

 さて本品は、スポード社で「ベル・シェイプ」と呼ばれていた形のカップ&ソーサーで、植物をかたどった複雑なハンドルが付いている。スポードの「ベル・シェイプ」はエトラスカン・シェイプからの派生で、腰高のエトラスカン・シェイプと考えればよい。そのためハンドルも、ハイループ・ハンドルの進化形となっている。
 磁胎は欠点のない優秀なボーンチャイナで、滑らかで均質な釉薬の上には、盛り上がった濃いブルーとクリームイエローのエナメルで、力強い朝顔が描かれている。金彩は朝顔の葉茎を表し、文様として花絵に融合している。 
 本品には同じシェイプのコーヒー・カップが付属しており、トリオのセットになっている。
 





スポード
1810〜15年 手書きでSPODEの窯印
キャビネット・カップ:H=35mm、D=681mm/スタンド:D=90mm
 「ヨーロッパ アンティーク・カップ銘鑑」p.136、175番の色違い作品である。
 「銘鑑」収録作品の図柄は、スポード社が後年コープランド社となってから復刻されたためによく知られている。造形は中国写しで、ペディスタル付きの杯台状のスタンドに、蝶の把手が着いたヴァーティカル・フルート・タイプのカップが載っている。
 金彩による絵柄も、中国風の立花文になっている。
 この形状の作品は人気がありよく売れたため、まもなくスポードはより欧風の作品も製品化している。全体の大きさはほぼ同じだが、クロッカスの花をかたどったために背が高い。ハンドルは蝶で、受け皿は普通のソーサー形式に改められている。
 

 

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