セーヴル
1767年 モスグリーンのエナメルで交差するLLのモノグラム、Oの年号印
 絵付け:ジャン・フランソワ・プリゼット
カスタード・カップ:H=63mm、D=57mm
 セーヴル窯の第一ロココ時代第一期に製作されたカスタード・カップで、ペディスタルとサムレスト&アウタースパー付きハート型のハンドルが特徴となっている。ハンドルは一部を植物に擬した造型で、金彩の文様と共にロココ装飾の典型といえるデザインである。
 素磁はガラス質のフリット軟質磁器で、釉薬は滑らかで白く、汚れや瑕疵のない見事な仕上がりを見せている。このシェイプは18世紀後半のイギリスで盛んにコピーされ、ダービー、ウースター、カーフレイなどの諸窯で、ほぼ同一の造型の白磁が大量に模作されている。
 また18〜19世紀末にかけての長期にわたり、イギリスをはじめとする各国で、本品の図柄もコピー、模造の対象とされた。
 ここに見られる明るく強い青のコーミング(櫛目)文様は、通称「キャベツの葉」と呼ばれ、イギリスではこのデザインを18世紀の各窯はもとより、19世紀にセーヴルのコピー活動を目論んだジョン・ローズ・コールポート窯やミントン窯において、百年以上に及んで写し続けられた。
 元の作品であるこのカスタード・カップには、軟質磁器ならではの鮮やかな発色で、精妙な陰影を伴った柔らかな花絵が描かれている。「キャベツの葉」文様の外周は黒で縁取られる場合もあるが、本品では金彩が用いられ、華やかさを増している。
 絵付け師はジャン・フランソワ・プリゼットで、セーヴル窯における在職は1762〜70年とされている。
 





 
セーヴル
白磁焼成:1868年(カップ)/1879年(ソーサー)、絵付け:1883年
モーニング・カップ:H=69mm、D=122mm/ソーサー:D=179mm
 セーヴル窯では無彩色白磁の在庫を大量に抱えており、注文に従ってそれらを組み合わせ、食器セットを作っていた。本品の加飾はカップ、ソーサーともに1883年であるが、白磁はそれよりもかなり古く、カップに至っては絵付けより十五年も前の白磁在庫を使用して製作している。大振りのモーニング・カップで、油を引いたような艶のある滑らかな表面に、金彩で小花が散らされている。
 セーヴル窯のグロ・ブリュ(紺色)顔料は、1749年のヴァンサンヌ城時代に開発された「ラピ・ブリュ(ラピスラズリ色)」を初めとし、1769年の「ロワイヤル・ブリュ」まで様々ある。着彩技法もプレーンなものから、顔料の一部を拭き取って叢雲のような表現を行ったり、「トロンプ・ルーイ(騙し絵)」の一種である鱗文様に仕上げたりなどの作例がある(「ヨーロッパ アンティーク・カップ銘鑑」 p.184)。なお前述の「ラピ・ブリュ」も、白くムラを入れたり金粉を散らしたりして、貴石のラピスラズリに見せかける「騙し絵」に分類される。
 本品には近代セーヴル窯で開発された「エクラトン・ブリュ(閃光青)」が用いられている。これは薬品を用いて顔料を稲妻(フドル)型に弾き、雷のような亀裂文様を作る技法で、ヒビ割れに似た白抜き文様は偶然に現れるものだが、これを着ける位置は人為的に決められる。本品ではカップとソーサー裏に、ほぼ120度毎に三か所の電光が走る仕上げが施されている。
 





 
セーヴル
LLを組み合わせたモノグラムの窯印
カップ:1757〜58年(製造年記号E)、 ジャン・ルイ・モラン画
ソーサー:1756〜57年(製造年記号D)、伝エドメ・ゴメリ画
コーヒー・カップ:H=60mm、D=72mm/ソーサー:D=141mm
 この作品は、ヴァンサンヌ窯がセーヴルに工場を移転した年から翌年にかけて製作されたセットのうちの一点である。ソーサーが絵付けされた1756年に窯の引っ越しがあったため、この白磁は最後のヴァンサンヌ窯か最初のセーヴル窯で焼かれたものということになる。ヴァンサンヌで既に本焼成済であった白磁は、セーヴル工場に運び入れて使用されている。
 磁質はガラス質のフリット軟質磁器で、吊し焼きで製造されている。吊し焼きを示す特徴として、高台脇内側に金属の棒を引っかけた穴があり、その穴の上方にあたる皿の縁は、重力で少し垂れ下がっている。穴にかけた棒を正中線として、左右に三日月状の灰降りがあり、棒で陰になる部分は汚れていない。穴の真下に当たる皿縁部には、皿下を支えて焼いた目跡が一か所付いている。これらの焼成痕は、ヴァンサンヌ=セーヴル窯の軟質磁器の真贋を考える上で大切な要素となる。
 色絵はこの窯に独特の、いわゆる「セーヴルズ・バード」が赤紫一色で描かれている。このような単色画はフランス語で「カマイユ」といい、本品における色遣いでは「カマイユ・ローズ(ロゼ)」と呼ばれる。ヴァンサンヌ=セーヴル窯に限らずフランス磁器では、全般に単色描きのことを「カマイユ」と称するので、たとえば染付の釉下藍彩加飾でも「カマイユ」と呼ぶ。
 カップの絵付け師は1754〜87年にかけてヴァンサンヌ=セーヴル窯に在職した記録があるジャン・ルイ・モランで、彼は鳥絵の他に人物図、港湾船舶図、戦争図などを得意としていた。ソーサーには筆記体の大文字Eとピリオドの絵付け師印があり、これは1756〜58年に描かれた鳥絵と人物画に現れるペインター・サインである。
 筆記体大文字Eの絵師が描いた人物画は、ニコラ・ブーキリエ(1755〜58年在職)の描いた人物画のパターンに一致する。また鳥絵はエドメ・ゴメリ(1756〜58年在職)の描いた鳥絵のパターンに一致する。筆記体大文字Eが現れる作品の製造年号1756〜58年と、上記の二人の在職記録が一致しているので、このうちのどちらかのペインター・サインだと考えられる。したがってブーキリエもゴメリも現在までサインが確定していない。本品は躍動感溢れる大胆な構図で精妙な鳥絵が描かれており、サインがEであることからもエドメ・ゴメリの筆としてよいと思われるが、このペインター・サインの絵付け師が描いたブーキリエ風人物画との関わりが解明されていないため、「伝エドメ・ゴメリ」とした。
 ヴァンサンヌ=セーヴル窯の食器セットは複数の絵付け師が分業で加飾を行い、一年、二年がかりで一つのサーヴィスを仕上げるので、カップとソーサーでの製造年号の違いや、絵付け師の違いが起こることは珍しくない。
 「ヨーロッパ アンティーク・カップ銘鑑」p.17下に、本品より一〜二年後に作られた「カマイユ・ローズ(ロゼ)」のカップ&ソーサーが掲載してあるので、ご参照いただきたい。
 



パリ窯業群製 1820年頃 ティー・カップ:H=47mm、D=104mm/ソーサー:D=146mm


 
セーヴル
白磁焼成:1831年、絵付け:1832年 圏線内に星、SEVRES、31の焼成印 赤で加飾印
ティー・カップ:H=65mm、D=88mm/ソーサー:D=155mm
 細い縦縞の凹凸装飾が造形されたカップ&ソーサーを、「パリ・フルート」と呼ぶ。これはナポレオンが好んだローマ風の金属器や、ネオ・クラシック様式の調度類に用いられた装飾で、磁器ではアンピール(エンパイア)装飾様式を採り入れた19世紀初頭のセーヴル窯でデザインされ、それをパリ窯業群の諸窯が盛んに模倣した。
 18世紀には大陸のみならず英国でも、縦縞のフルート装飾を施した食器が製作されている。これら18世紀の作品と「パリ・フルート」を分ける違いは、装飾・ハンドル・器型など、各所の特徴にある。
 まず「パリ・フルート」ではフルート装飾が細く、はっきりした隆起を伴うデザインになっている。カップは器の外側にフルート装飾があり、打ち出しの金属器に倣って凸造形をとり、ソーサーは器の内側にフルート装飾がある理屈になるため、凹造形になっている。
 ハンドルには、簡素なハイ・ループ・ハンドルから、非常に凝った作りのローマ風、エジプト風のものまで様々なデザインがある。ハンドル上端は細く、下端が太く作られる造形が多く、下端部分に古典的な立体装飾が施される場合が多い。
 器型はプレーンなものが基本で、フルート装飾とハンドル造形の工夫によって全体の工芸精度や芸術性が評価される。絵付けもしないのが本来の姿で、地色一色に金彩のみで完成されている。絵柄を加えたとしても、せいぜいアイビーや葡萄蔓、オリーヴなど、ナポレオンが好んだギリシア・ローマ風のボーダー装飾が描かれるだけで、18世紀のセーヴル窯で好まれたような花絵付けなどが施されているのは、後年の作品である。金彩でも波文、メアンダー(雷文)、アカンサス、パルメットなど、紀元前由来の古い図柄が用いられている。
 本品は1830年に即位した市民王ルイ・フィリープの時代の初期に製作された。この時期のセーヴル窯では、パリ・フルートのカップ&ソーサーを集中的に製造している。ここでは丸みを帯びた器型のカップに、水色地・金彩の装飾で、口縁には細密で精巧なアイビーのボーダーが、エナメルで上絵付けされている。
 参考として掲載したパリ窯業群の作品は、小さなペディスタル付きの平たい器型に、白磁・金彩の装飾で、巧妙にデザインされたハンドルと、下端部のアカンサス装飾が特徴である。ソーサー(スタンド)もペディスタル付きの造形になっている。
 「ヨーロッパ アンティーク・カップ銘鑑」p.46、47に、二種類のセーヴル窯製パリ・フルートのカップ&ソーサーが掲載されているので、ご参照いただきたい。どちらもハンドル下端部の造形が興味深い。本ページの二作品と併せて四点を比較すれば、「パリ・フルート」に分類される作品の、およその概念が理解できる。
 

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