コラム3
『正面?側面? −絵付けの位置−』
セーヴル
1791年 青のエナメルで王冠にLLのモノグラムの窯印(旧硬質磁器)
ティーカップ:H=71mm、D=85mm
絵付け:ジャン・ジャック・デュー(「神」を意味するヘブライ語を模したサイン)
 
 

 カップに描かれる色絵の位置はどこにあり、なぜその位置に決まるのか、を端的に結論付けてしまうと、それは国柄・家柄によって異なるテーブルセッティングの作法による、ということができる。
 一般的に日本人の感覚では、絵柄はカップの横にあるもの、すなわちハンドルを右側(もしくは左側)にして置いた時に、絵柄が素直に目に入る位置にあるべきもの、という意見が多い。絵柄を正面にして置くと、ハンドルが横にくるようにサーヴィスし、また戸棚にもそのような置き方で飾りたい、ということである。
 こうした通念に従って本品のような位置に絵柄が描かれている作例を見ると、現代食器を使い慣れた感覚からは「異な物」と受け取られるようで、このような形式は見た目の「異常性」あるいは「不安定感」として、奇妙に映るという意見や質問が絶えない。
 ハンドルの反対側に絵がある、言い換えれば、絵柄を正面に据えるとハンドルが後側にまわってしまう様式のカップにまつわる解説を簡単に処理するならば、こうした作品は飾り物であり、使わないのだ、と説明すれば済む。そしてこの解釈は必ずしも間違いとはいえない。しかし、実際に貴族の宴席で使うために作られた本品のセーヴルのような何十ピースもの大セットのカップの絵の位置を、「飾るためのデザイン」と説明して済ませることはできない。
 フランスやドイツでは、コーヒー、チョコレート、紅茶などの飲み物をサーヴィスする時、ハンドルを客の反対側に回して食器を置く形式が好まれる場合があった。これは宮廷ごと、城ごとにマナーの決まりの差があるが、左右対称を是とした王侯の食卓にあって、ハンドルを横にして置かれたカップは、むしろそのほうが「奇異」なものに映ったに違いない。つまりハンドルを横にするのは不自然な姿に見え、ハンドルを後ろにすれば食卓に安定感が得られるという、現代のわが国とは異なる感覚があったのである。
 そういった王侯貴族(とその料理人)の要求に従い、色絵はハンドルの反対側に描かれ、カップはハンドルを向こうにしてテーブルに出した。これは大陸式マナーである。
 試しに「ヨーロッパ アンティーク・カップ銘鑑」と「アンティーク・カップ&ソウサー」の二冊について、それぞれの収録作品にもとづき、大陸作品と英国作品の絵柄・ハンドルの位置関係について調べてみた。

「ヨーロッパ アンティーク・カップ銘鑑」
大陸作品のうち、絵柄を正面に置くとハンドルが後ろに位置するもの=43.04%
英国作品のうち、絵柄を正面に置くとハンドルが後ろに位置するもの=2.04%

「アンティーク・カップ&ソウサー」
大陸作品のうち、絵柄を正面に置くとハンドルが後ろに位置するもの=22.92%
英国作品のうち、絵柄を正面に置くとハンドルが後ろに位置するもの=7.14%

 それぞれ大陸製全作品を100、英国製全作品を100とし、各書籍について出た結果が上記である。もちろん書籍編集時点では、このような種別を念頭に置かず、作品は無作為に抽出・掲載している。ちなみに絵柄が全体ぐるりの連続文様などで正面のないものは、絵柄を正面に置くとハンドルが横位置にくる部類として計数した。
 しかしながら非常に興味深い結果が、明確に示されたといえよう。大陸と英国の作品間での数値の大きな開きがひとつ、いまひとつは英国作品における後ろハンドルのデザインが極端に少ないことである。「アンティーク・カップ&ソウサー」では英国製の数値が上がったが、大陸の王立窯をコピーした英国作品を掲載した結果が関連していると考えられる。
 今回のコラムには、セーヴル第一ロココ装飾第二期の末期に製作された、金彩の見事な仕上げが際立つ硬質磁器製カップを掲載したが、絵柄を二面描くデザインのためにハンドルの下部分にも色絵を配置する結果となっている。ハンドルは絵付けの後から接着するものではないので、わざわざ邪魔なハンドルを避けながら巧妙に筆を走らせて描いている。これが英国ならば、当然のごとくハンドルを横位置にとり、二面の絵柄を描いたことであろう。セーヴル窯にこのようなデザインを企画して作らせた背景には、こうでなければならない事情、すなわち客にカップを出す時にハンドルを横にしないという流儀があったからだ。歴史的食器を前にした時には、カップはハンドルを横にしてサーヴィスされるものと無意識に思い込んでいる我々の認識を改める必要があると教えられる。
 これと同じ形状・材質で、少し大振りのセーヴル製カップが、「アンティーク・カップ&ソウサー」p.22に掲載されている。実はこれもハンドルを後ろにしてサーヴィスするべき作品であり、カップの絵柄の中心=正面はハンドルの反対側にあるので、ご参照いただきたい。

 

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