コラム2
『貴族のゴッコ遊び』
マイセン
1740〜45年 染付で交差する剣の窯印、金彩で「2.」の書き入れ
ティーカップ:H=42mm、D=75mm/ソーサー:D=120
 
 
 今回は古いマイセンの作品を掲載した。このカップ&ソーサーは、ハンドルを横に向けてカップをソーサーの上に置くと、写真のように実につまらない構図になってしまう。そこでそれぞれ正面から別撮りした写真を見ていっていただきたい。
 まずは通常よくある田園人物図のカップとソーサーを御覧いただこう。
 マリー・アントワネットの有名な肖像画に、彼女が田舎の百姓娘に扮している絵があるが、当時の貴族たちは無聊を慰めるよすがとして、宮殿近くの庭に大枚をはたいて人造の擬似田園をしつらえ、東屋や石造りの廃墟、噴水や洞窟などを配置して、庶民を含めた様々な階級の服装や小道具を携えてそこに行き、楽器を奏でながら愛の詩を歌ったり、花や果物を摘み、簡単な食事をし、あるいは逢瀬を重ねるなどといった遊びを好んで繰り返していた。
 陰険で堅苦しく、またゴシップと陰謀渦巻く宮廷生活に疲れ切った心と体を解放するために、このような現実逃避と変身願望の充足が大いにもてはやされたといえよう。現代で流行のコスプレ、なりきりプレイ、イメクラなどといったサブカルチャーも、今にはじまることではないらしい。
 というところでお話を終えてしまうと、このコラムもまた実につまらない一般教養になってしまう。そこでちょっと衝撃的な絵付けのカップを掲載した。これはセットで伝世している同じカップ&ソーサーのうちの別の一点で、人物は三人描かれている。中央で睦み合う男女はありきたりのモティーフと構図であるが、左に立っている鈍い水色の服の人物は誰だと思われますか?(何役でしょうか?何のコスプレ?)
 正解は「赤ちゃん」。
 しかもこの「赤ちゃん」役のコスプレ男性は立派な成人であり、上品さのない顔つきと日焼けした肌からして、宮廷で召し使われている中間(ちゅうげん)・小者類、つまり庭男などの職にあるものと思われる。
 この哀れな男は、中央の二人のイメージプレイに付き合わされ、フードにレースのフリル付き特注赤ちゃん服(そりゃ特注でしょう。こんなデカい乳児はいないですから)を着せられて、やや斜め後ろにボーッとつっ立っている。顔は相当憮然として飽き飽きといった風情(ルーペで見ると笑えます)で、視線は斜め右前にずらし、二人の痴態を見ないようにしている。
 つまり中央の女性は子持ち女役で、しかも赤ちゃんを産んだばかりの若妻を演じ、その子供の見ている前で間男と密通するという背徳感とスリルによって興奮を味わうイメージプレイなのである。
 次第に下品な記述になってきたのでこのへんでやめるが、こうした絵付けはあくまでも「風俗画」であり、ここに描かれた遊びが当時の「風俗」であるということを考えれば、必ずしも上品な食器ではないといえよう。ちなみにこのような原画集はフランスから買い付けたもので、ヴァトー、ブーシェ、ランクレ、フラゴナールといった画家達のエッチング版画の中の人物の姿態を、自由に組み合わせて描いている。

 さて、このマイセンは白磁・釉薬ともに白く滑らかで、非常に美しい優れた磁器でできている。絵筆は極細で筆致は正確、色数も多い。カップ、ソーサーともに高台内に金彩で「2.」の記入があるが、これはヘロルトの直属工房で教育された、彼の弟子達が描いた作品に用いられた番号であると考えられている。
 マイセン窯は本品が作られた1740年代前半までが絶頂で、1745年以降は戦争などの影響から窯の経営が破綻し、鳴かず飛ばずの不毛の時期が百年以上も続くことになる。
 なお本品と同じ原型・原画集を使用して製作された別シリーズのカップ&ソーサー(花絵入り)が「ヨーロッパ アンティーク・カップ銘鑑」p.22に掲載してあるので、ご参照いただきたい。書籍掲載品には、本品ソーサーと同じポーズの人物が、色違いで描かれている。もちろん共通の原画から写し取られたためである。

 

 

 

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