コラム7
『ヤドリギ −北欧神話と民間信仰−』
ジャン・プーヤ
1891〜1932年 ジャン・プーヤ社の焼成印と加飾印
ティー・カップ:H=48mm、D=86mm/ソーサー:D=134mm
 
ローゼンタール
1901〜05年 ローゼンタール社のゼルプ工場で使用された通常の窯印
コーヒー・カップ:H=53mm、D=55mm/ソーサー:D=115mm



 

 ヤドリギ(ミッスルトゥ)は、日本でもごく普通に生えている植物で、栗や欅などの枝の分かれ目から、叢状に繁殖している姿を見ることができる。我が国ではこの植物に特別の思い入れや信仰はないが、ヨーロッパでは伝説やファンタジーに満ちた様々な概念が、ヤドリギに対して持たれている。
 「クリスマス関連の植物」というと、樅の木のクリスマス・ツリーや柊のリースなどが思い浮かぶ。西洋ではそれらに加えてヤドリギが、柊と同格にクリスマスと密接に結びついた植物と考えられている。各家の玄関にはヤドリギが吊され、その下を通ることは魔除けとも招福とも受け取られるようだ。ヤドリギが付ける黄色の実を、下を通る際にもぎ取って行く人もいる。またクリスマスにヤドリギの吊し飾りの下に立っている女性は、男性から声をかけられた場合にキスを拒めない、というルールがあるらしい。現在販売されているスポード社製のクリスマス用プレートは、柊とヤドリギが交互に描かれた縁装飾の製品が定番商品になっている。
 ヤドリギの神秘性に最も影響を与えたのは、北欧神話である。ヤドリギは北欧神話のストーリーの中で、結末の方向性を決定づける重要な役割を演じている。
 北欧神話では神々の長オーディンはヴァルホルの城に住み、女神フリッグを妻としている。フリッグは光の神バルドルを生んだが、あるときバルドルは、えもいわれぬ悪夢を見た。息子の将来を憂えた母フリッグは世界中を廻り、「四大(元素)」と呼ばれる「土・水・火・空気」から生成された万物に対して、バルドルへの忠誠を誓わせた。ところが全ての創造物の中で、ヤドリギだけが忠誠の誓いを立てなかった。理由としては、このときヤドリギだけが幼く、契約するにふさわしくなかったから、と書かれている。
 神々の中でもとりわけ悪戯者だった火の神ロキは、悪行の数々を重ねてきたが、不死身のバルドルの弱点がヤドリギであるという秘密を知り、その枝で槍(矢)を作り、盲目の神ヘズを騙してバルドルに向けてヤドリギを放たせた(ヘズの槍、あるいはロキの矢)。バルドルはヤドリギに胸を貫かれて絶命してしまう。
 その後も悪役ロキは北欧神話の主役とも言える大活躍(?)をし、神々の世界の崩壊の戦い「ラグナロク」を引き起こす。北欧神話のストーリーの牽引役は、ひとえにロキの肩にかかっており、彼が繰り広げる悪事のために神々の運命が暗転してゆくというのが特徴である。
 北欧神話には「契約」という考え方が根本にあり、神々さえも「契約」に縛られ、仮に万能神であっても自分の意志で勝手に振る舞うことはできない。「命令」ならば破ったり違反したりすることができる、という考え方が根底にあるため、万物は神々の「命令」によってではなく、神々との「契約」によって忠誠を誓ったのである。
 それではなぜ北欧神話のストーリーを構成した古代の語り部(かたりべ)は、多数の植物の中から契約に参加しなかったものとして、あえてヤドリギを選んだのであろうか。ここにはヤドリギという植物の特異な性質に関する概念から生じる、深い意味づけが隠されている。というのも、ヤドリギは土から生まれる植物ではなく、地中や水中に根を張って生きることもないため、万物の中で唯一「四大」から創造されていないものと考えられていたからである。
 北欧神話では、ヤドリギが他者に頼って生きている半人前の植物(半寄生状態)であるということを前提として、「幼い者(非成人)との間で取り交わされた契約は無効である」という理屈が構築されている。しかしそれは表面上のことであり、ヤドリギが土から生じていないという点がキーになっているのが面白い。バルドルの母フリッグは、将来の運命が見通せる予知能力を持っていたため、万物によって息子の命が奪われないように画策したが(バルドルは鉄や青銅の武器で切られても、金属が忠誠を誓っているために不死身である)、「四大」から漏れている創造物だからこそ、契約にも参加しなかった、というロジックには気づかなかったようだ。すべての予知・予言には落とし穴がある、ということなのか、あたかもマクベスが「女から生まれた者はマクベスを殺せない」「バーナムの森が動かない限りは安心」という魔女の予言に隠された一種のレトリックに気付かずに、それを盲信してしまうのに似ている。
 このように、古くから特殊な植物と考えられていたヤドリギは、クリスマスの他にも雷除けのまじないや、ゴブリン(悪い妖精・精霊)から子供を守る魔除けとして、民間信仰の対象にもなった。イギリスではケルト人が信仰するドルイド教が、ヤドリギが寄生したオークの木の下で儀式を行っていた。ただしヤドリギが全ての実を落としてしまうと、霊力を失うと考えられていた。この事との関連性は不明だが、本サイトのミュージアム・イエーツのページと、「アンティーク・カップ&ソウサー」p.63に、「オークとヤドリギ」の口縁装飾があるイエーツ窯製のカップ&ソーサーが掲載されている。
 このように昔からヨーロッパ人の生活の中に根をおろしたヤドリギは、よほどポピュラーな植物だったらしく、工芸の分野でもさまざまなデザインで登場する。とりわけヤドリギの「半寄生生活」に儚さや虚しさを見いだしたアール・ヌーヴォー期のアーティスト達には、このモティーフが喜ばれた。今回紹介した二作品も、このような時代の風潮を色濃く宿したデザインになっている。
 リモージュのジャン・プーヤ社製硬質磁器のカップ&ソーサーは、グレーのプリントで、いかにもアール・ヌーヴォー期のデザインらしく葉の捩れたヤドリギと、金色の実が描かれている。自然の植物を人為的なスタイルで文様化してしまう19世紀末の装飾工芸の特徴がよく現れている。
 ババリア・ゼルプのローゼンタール社製硬質磁器のカップ&ソーサーは、1901年にデザインされた「セセッション」と題する形状の、デミタス・サイズのコーヒー・カップである。段階的に色が薄くなる五枚のヤドリギの葉と実が染付で描かれ、葉脈や丸い実の立体感は金彩で表現されている。植物の人為的文様化という点では、ジャン・プーヤの製品と共通だが、ローゼンタールではヤドリギがより図形化され、線の流れが良い意味で硬直し、次の時代の装飾様式の息吹が感じられる。このカップのハンドル上端部の左右には、植物の葉文様がエンボス(レリーフ)状に造形されている。

 冬の到来で森の木立はどれも枯れた葉を落としてしまい、森の木々に住めなくなって寒さに凍えた妖精達は、真冬でも葉をつけたまま耐えているヤドリギを頼って、その枝に移り住むのだ、という民間伝承がヨーロッパにある。だからクリスマスに毎年樅の木や柊を飾っているご家庭は、今後は是非実を付けたヤドリギも併せて入手して、吊し飾りを作って楽しんでいただきたい。ヤドリギの枝を折って家に飾ることは、妖精を家に招き入れることになるのだそうだ。
 ちなみに、ヤドリギの花言葉は「忍耐・克服・征服」となっている。

 

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